それなり日記

映像作家、三宅美奈子の日記のようなものです。

Not in "The 27 Club"

 

 

地元の同級生と久しぶりに会った。小学校・中学校と一緒なので30数年前に知り合ったことになる。ちょっともう意味が分からない。いや、意味は分かってるんだけど「なんだその年数は」という感じだ。

私は今日40歳になった。そこそこの年数を生きている。だから人生の頭の方から今まで、頻繁に会う訳ではないがふんわり繋がっている人たち、という事実がもう信じがたい。

しかも私はマイペースでマメじゃないし、いろんな人に好かれる性格でもない。それでもなんとなく繋がっている人たちがいるのが、不思議でならない。

ふんわりした繋がりに関してはSNSの力が大きいと思う。でも、SNSをほぼやっていない人とも連絡を取っているので、結局よく分からない。

ただ、歳を取るとちょっと人生を振り返る余裕が出て、ふと昔を知る人と話したくなる瞬間がある。そんな時には地元の友人に連絡を取ってしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 

そこそこ生きたとか、歳を取るととか書いているが、別に店仕舞いをしようとしている訳ではない。

 

20歳くらいの頃、自分は早死にすると思っていた。理由は色々あるが、自分が歳を取っていく姿が全く見えなかった。想像が出来ないというレベルではなくて「無」だった。

ジミヘンやカート・コバーンが27歳で死んだことで『27クラブ』という概念みたいなものがある、ということを知った時、その年齢で死ぬ人が多いことがなんとなく理解できる気がしていた。自分も30歳くらいで死ぬんだろうなぁと、他人事みたいに考えていた。

私は一般人だし、そんな偶然性の強い概念を分かるも何もないのだが。厨二病は大変だ。

 

 

でも紆余曲折はあったものの、40歳まで生きてみると案外楽しい。27クラブに入らないで良かったと思う。そもそも有名人じゃなきゃ入れてもらえませんが。

どうせこの歳まで生きるなら、もうちょっとしっかりとした大人になっていたかったとは思っている。でもそれは死ぬまで無理という気がしてきたので、方向性の違いと思って諦めよう。

 

とにかく40歳を迎えた今、日々に対してイラついたり焦ったり落ち込んだりすることはあるけども、総じて生きてこれて良かったな、と思っている。

あとは死ぬまでどんな風に生きていくか。死ぬのが明日だろうと数十年後だろうと、私は私として充分生きてこれたな、と思えるように生活をしていきたい。

なんの表明文なんだろう。よく分からないが40歳というのは節目という感じが強く、何か言っておかなければいけない気分にさせられてしまった。

 

 

 

 

 

お祝いのプレゼントやメッセージをくださったみなさん、ありがとうございます。

常にしょうもないことを言ったりやったりしていますが、やる時は真面目にやるので今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

おまけ。

お酒を飲むと、帰りにアイスを買いがち。ローソンの『からあげくん』というパターンもある。プラス要らないものを買っていることもある、普段食べない飴とか。

昨日はピスタチオ氷を買った。ピスタチオのお菓子って増えたね。私は好きだからありがたい。でも得てして緑色なので、お菓子としては微妙な色付けだな、と思う商品も増えた。

野菜だったら緑色ばかりだし、むしろそれを歓迎して食べているけど。「お菓子」になると緑の扱いが難しい感じになるのなんでだろう。あ、『テツandトモ』みたいな物言いになった。

青色よりは良いのかな。青って食欲減退するからダイエットに良いって聞いたことがある。でも、青色の野菜炒めとか青色の卵焼きとか青色の白米なんかを食べてまで痩せたくないよね。「青色の白米」はもう「青米」だわ。そんなもの無いけどな。でも「黒米」は好きだよ。